日馬富士問題を考える

時事

今回の事件は日馬富士が暴力を振るったと認めているので、日馬富士をかばうことはできませんが、一連の報道を見ていて感じることを書いてみたいと思います。

 

まず、被害者とされる貴ノ岩の師匠は、私と同じ昭和47年生まれの貴乃花親方です。同じ47年組として現役の頃から応援してきました。やはり、同年代が頑張ってくれることは励みにもなります。貴乃花親方は、息子さんもいるので、預かっている弟子達は皆息子のように育てていると思います。私も息子が2人いるので、今回の事件、自分だったらどうするかなと考えました。

 

親方による暴行で死亡したり、八百長で大問題になったり、古き慣習がまかり通ってきた今までの相撲協会では、親方衆で話あい、もみ消されたかもわかりません。現時点で何も解決していないため、断言はできませんが、貴乃花親方が協会執行部を信用していないことは明らかだと思われます。

 

私見にはなりますが、今回ポイントとなるのは、文化の違いとコミュニケーション能力の問題ではないかと考えます。まず、文化の違いとは、今回の騒動はモンゴル出身力士ばかりが集まり、会食していたということです。ひょっとしたら、なぜここまで問題になっているのか?と疑問に思っているモンゴルの人もいるのではないでしょうか。

 

2つ目のコミュニケーション能力については、過去何度も不祥事があった相撲協会で、もと力士たちが集まって出来ている組織ということもあり、当然現役時代の番付や、年齢で上下関係もはっきりしているのではないかと想像できます。組織を運営するために一番必要なコミュニケーションが取れていないというところに最大の問題が隠れているように思います。

 

直接私が見たわけではありませんが、横綱とは、土俵上だけではなく、普段の生活から神聖化されたものと教わってきました。日本人が一番好きな力士で1位にランキングされる千代の富士は、近寄りがたいオーラがあったという話も聞いたりします。

 

横綱といえども、人間なので、失敗は必ずあります。今回の件で日馬富士は反省もしているでしょうし、是非横綱として今後も頑張って欲しいと思います。

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