平成を振り返る

時事

平成元年、私は高校2年生でした。当時ラグビー部であったこともあり、1月7日に昭和天皇が崩御され、全国高校ラグビーの決勝戦が中止されたことを鮮明に覚えています。大工大高(現、常翔学園)と茗渓学園は同校優勝となり、幻の決勝となりました。その大工大高と同年4月の春季大会で対戦し、13対7と善戦しスポーツ新聞にも掲載していただきました。次男がラグビーをしているので、彼だけはすごさを理解してくれています。



平成天皇は、先日の会見で、平成の時代に戦争がなかったことを安堵されていました。心の底から平和を願っていらっしゃったということがとても伝わってきました。私にとっての平成は、高校、大学、就職、結婚、出産、転職等々、人生における様々なイベントが凝縮された時代でした。

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研修講師としての立場で、よく話しをしていることがあります。それは、平成元年から30年間、日本で働くということがどのように変化してきたかということです。平成のスタートはまさにバブル絶頂期でした。当時の世界時価総額ランキングトップ10に、日本企業は7社も入っていました(トップはNTTでした)。私の父が日本電信電話公社時代に入社、30代後半に民営化され、管理職をしていたのは一番良い時代であったのではないでしょうか。



平成30年のランキングトップ10に日本企業は何社入っているでしょうか?

残念ながら0社です。米国8社、中国2社という結果になっています。トップ50に広げてやっとトヨタ自動車だけが35位に入っている現状です。

日本の企業が落ちたのでしょうか?

決して落ちているのではなく、新しいものを創造できていないだけだと思っています。日本の若い人達は海外に留学したり、放浪したりする人が少ないと言われています。私が学生時代は日本が世界一でしたので、日本にいればあらゆる情報は入ってくると思っていました。留学する人もほとんどいなかったです。

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バブルが崩壊して日本人が考えたこと、「いつか必ず復活する」ということを信じていたのではないでしょうか。ターニングポイントは長銀破綻、ハゲタカファンドが日本に進出してきた頃であったと私は考えています。

一気に、今までの日本では当たり前であった終身雇用などの制度が薄れていきました。私個人としては、転職は悪と考えられていた時代に転職した人間ですので、これからは、私のような働き方が主流になると思い、研修の場などで話しをしてきました。



平成は、平和な時代であったことに間違いはないと思いますが、米国、中国と比較すると政治も経済も大きな差を付けられた時代でした。次の時代、この流れが大きく変わることを期待するのは難しいので、個々の日本人が、海外のことに興味を持つことで、生き残る術が身に付くような気がしています。海外から日本にやってくる外国人が間違いなく増えます。旅行だけでなく、日本で働く人たちも増えます。その方々に対して何が出来るか、このことを考えるだけでもいろいろな仕事が浮かんでくると思います。

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私自身もしっかり目標を定め、邁進していきます。
今年1年、ご愛読いただきありがとうございました。皆さま、良いお年をお迎えください。



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