ディープインパクト伝説のはじまり

時事

研修講師ネタ帳でも競馬の話題は何度か紹介してきました。私自身、ギャンブルの競馬というよりは、ダービースタリオンというゲームから、血統(サイアーライン)に大変興味を持ち、今に至っています。

 

私が学生の頃は、メジロマックイーンが一世風靡していた時代で、その背中には武豊騎手が騎乗していました。ミホノブルボンが三冠(皐月賞、日本ダービー、菊花賞)を達成するかどうかで盛り上がっていたのを思い出します。

 

ミホノブルボンの三冠、メジロマックイーンの天皇賞(春)三連覇を見事に阻んだ、ライスシャワーが好きで応援していました。

 

その後すぐ、勝ち方が半端ない、衝撃を与えた三冠馬が誕生しました。ナリタブライアンは、競馬を知らない方でも一度は聞いたことがある名前だと思います。

 

しかし、衝撃を与えたナリタブライアンが伝説になれなかった理由として、三冠、有馬記念後の成績が伸び悩んだこと、種牡馬としての実績がなく、早逝してしまったことがあげられます。

 

そして、しばらく経過してから、伝説の名馬ディープインパクトが現れます。昨日から多くの報道でその実績を紹介されていますので、ここでは割愛しますが、ディープインパクトのすごさは、種牡馬としても大活躍したことではないかと考えています。

 

私自身、血統に興味を持ち、競馬を始めた経緯もあるので、少し紹介したいのですが、血統にはノーザンダンサー系、ロベルト系といった〇〇系という呼び方をされます。この〇〇に入る馬は多くの名馬を生み出してきたので、1つのサイアーラインが構築されてきました。

 

日本で大成功した種牡馬としては、ディープインパクトの父でもある、サンデーサイレンスではないでしょうか。伝説の名馬をはじめ、多くのG1馬を輩出したサンデーサイレンスは現役時代もすごかったのだろうと皆さん思いがちですが、実は、〇〇系の〇〇に入る馬で現役時代もすごい成績を残した馬はほとんどいません。

 

ディープインパクト伝説のはじまりと書かせてもらったのは、血統表には5代表示されます。西暦2100年を迎えても、ディープインパクトの名前は、世界の競馬史に燦然と輝いているのは間違いないと思います。

 

私が好きだったライスシャワーは、宝塚記念で故障、予後不良で安楽死しました。京都競馬場に銅像はありますが、血統の中に名前は出てきません。

 

ディープインパクトが亡くなった報道は、過去の名馬を思い出すきっかけとなりました。ディープの子供達がまた名馬を生み出す、やっぱり競馬はロマンがあると改めて感じました。

 

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