天皇賞・春~思い出す名馬

時事

研修講師ネタ帳では、過去に何度か競馬の記事を書いています。今週末は天皇賞・春が開催されますが、毎年このレースで思い出すのが、私が一番好きな名馬「ライスシャワー」です。

 

私が競馬を好きな理由、それは血統(サイアーライン)です。これには理由があり、大学生の頃に「ダービースタリオン」というゲームが大流行し、私もハマっていました。血統を研究し、強い競走馬を作るというシナリオでしたので、当時はリアルな競馬を知らないのに、血統だけはとても詳しくなっていました。

 

リアルな競馬を見るようになった時、メジロマックイーンやミホノブルボンといったアイドルホースが活躍していました。そんなアイドルホース達の夢を打ち破ったのが、「関東からの刺客」と言われたライスシャワーでした。

 

皐月賞、ダービーと連勝し、残る菊花賞。夢の三冠を阻止したレース、淀にある京都競馬場は関東馬にとっては完全アウェー、観客のほとんどは、三冠達成の現場を目に焼き付けようと思っていました。そんな中、見事に差し切ったレースは今でも目に浮かんできます。

 

そして、翌年の天皇賞・春。武豊とメジロマックイーンが天皇賞・春、三連覇をかけて臨んだレースでした。これまた、淀にある京都競馬場、大偉業を目に焼き付けようと多くのファンが駆けつけました。ここでもまた、多くのファンの期待を裏切りライスシャワーが勝利しました。

 

1995年1月に阪神大震災があり、その年の天皇賞・春、勝てなくなっていたライスシャワーが復活の優勝を飾りました。この時は写真判定で足色から負けたと思っていたので、勝った瞬間は本当に嬉しかったのを思い出します。しかし、この勝利がライスシャワーを伝説に導いてしまいました。

 

優勝したこともあり、宝塚記念のファン投票第1位になってしまい、放牧を予定されていたにも関わらず、出走します。これには、阪神大震災が影響しており、本来宝塚記念は、阪神競馬場で開催されるのですが、この年は京都競馬場での開催となりました。G1を3勝、いずれも京都競馬場での勝利だったので、京都開催は出走への励みになったと想像します。

 

結果は、レース途中での転倒、その後予後不良となりました。一番のショックはライスシャワーの子供達を応援できないということでした。父:リアルシャダイ、母父:マルゼンスキーと、血統的にも子供達はもっと活躍できると思っていただけに本当に辛かったです。阪神大震災がなかったら、阪神競馬場で開催されていたら、歴史に「たられば」は禁句ですが、毎年この時期になると思い出します。

 

今年の天皇賞・春は、ルメール騎手の天皇賞(春・秋)4連覇という大偉業がかかっています。こういう記録がかかった時、ライスシャワーのような刺客が現れます。特に長距離戦は、騎手の腕がそのまま結果に出るとも言われます。ライスシャワーの主戦であった、的場均騎手のような「いぶし銀のヒットマン」から馬券は購入したいと思います。

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