続ける難しさと慣れる怖さ

目標

「続ける」ことの難しさについては、難関国家資格試験の合格体験記を読んでいるとよくわかります。「途中であきらめず勉強を続けたから合格できた」と多くの合格者が同じことを書いています。合格できない人の多くは自ら途中で撤退しているだけのようです。

 

よく自己啓発系の書籍に習慣化することが大切ということが書かれています。たとえば、毎日意識せずとも歯磨きはするでしょう。このように勉強も習慣化することで継続することができると。

 

「習慣」の慣という字は、まさに「慣れる」という意味です。ここで注意しなければいけないのは、歯磨きのように習慣化するのは良いが、歯磨きのように無意識にやっていては全く意味をなさないということを理解しておく必要があります。

 

これが、今回のタイトルで書かせていただいた、「慣れる」ことの怖さを意味しています。

 

2020年、今年は新型コロナウィスルに振り回された1年となりましたが、緊急事態宣言が出された頃を振り返ってみましょう。志村けんさんがお亡くなりになったころ、新型コロナウィスルに対する意識はすごく高かったのではないでしょうか。皆、行動も自粛し、他国と比べても何とか乗り切った感が強かったように思います。

 

ここ数日、陽性者数がものすごく増えてきました。PCRの検査数が緊急事態宣言が出された当時とは比べものにならないくらい増やしているので、陽性者も増えているという認識をされていますが、報道されている陽性者数は、氷山の一角であることを忘れてはいけないと思います。

 

熱があり、診察を受けた人のすべてがPCR検査をしているわけではないこと、無症状の人はそもそも検査など受けないこと、陽性反応が出てしまったら仕事が出来なくなるので検査は絶対に受けないという人もいます。

 

これだけの陽性者が出ているにも関わらず、この三連休の人出は新型コロナウィスルの話しが出てくる前の昨年11月同月比よりも多くなっている観光地もあったようです。これは、「慣れる」ことの怖さではないでしょうか。

 

春先に緊急事態宣言が出された頃、有名人の方がお亡くなりになったこともあり、これはやばいという意識が多くの国民にあったはずです。

 

新型コロナウィスルに対する高い感染防止意識を持ち「続ける」ことの難しさ、一旦「慣れて」しまうと、修正できなくなる人も少なからずいる(実際には結構いた・・・)ことの怖さを垣間見えたような気がします。

 

話を戻しますが、日米通算4000本安打を打ったイチロー選手は、毎日同じルーティンを繰り返し行っていたと言います。実際に話を聞いたわけではありませんが、歯磨きのように無意識に素振りしたり、柔軟したりしていたわけではないと思います。個々のルーティンを毎日意識を高く持ち、行っていたから大きな怪我もせず、長い期間メジャーリーグのレギュラーとして活躍できたのだと思います。

 

偉そうなことを書いていますが、これまで意識高く継続してきた経験が少ない私だからこそ、自戒の念を込めて紹介させていただきました。

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